Who's Who = 『史記』と『漢書』 =
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作成日時 : 2009/02/24 11:15
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史記と漢詩ではない。漢書である。
史記はあまりに有名。司馬遷により書かれた中国古代の歴史書。では漢書はなんだろう。
本書「『史記』と『漢書』―中国文化のバロメーター」を通して始めてその存在を知りました。
そして史記に関しても誤った認識を持っていることを知った。
中国の書物は四部分類(しぶぶんるい)と方法でくくられており、「経・史・子・集」である。
史記も漢書も「史」にあたるわけです。
この「史」は広く記録を集めたとの意味合いを持ち、歴史のみを扱うのではない。
地理、政治制度、図書目録などの書物も「史」である。
実際に史記や漢書にも地理志や藝文志が収められ、単純な歴史書ではないのだそうだ。
このようにあまりに有名な史記ですら生半可な知識の私なので、漢書に関しては初めて知ることばかりでした。
そのような漢書なのですが唐時代の初期までは史記よりも高い評価を受けていたとされている。
漢書と史記の評価が逆転する理由。
この部分は著者大木 康氏の独自の見解なのか、研究者の大部分が指摘する理由かは不明です。
私はその理由に驚きを覚えました。
その理由とは・・・
韓愈という人物が自分の部下である孟郊を励ますために書かれた手紙の一文を契機に評価が覆ったとするのです。
韓愈の書評により評価が翻ったのならまだ納得できる。単なる手紙の一文が徐々に影響力を増し、決定打となる。
韓愈という人物に対する中国の信頼の篤さはどこから来るのだろう。
史記の作者は司馬遷。その高い評価を決定付けたのは韓愈。漢書の作者は班固。
MS-IME2002を一般モードで使うと、司馬遷と韓愈は変換可能。
だが班固は出てこない。
韓愈は知る人ぞ知る存在であるようです。
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